瀬つかし

ホーム > 組織・業務案内 > 企画財政課 > 新島村2020東京オリンピックサーフィン競技招致委員会 > お知らせ > 瀬つかし

新島の先人達は昔から優れたサーファーだった。

『瀬つかし』

夏休みも八月のお盆頃になると土用波が立つようになる。そして前浜は格好の瀬つかし(波乗り)場になります。いまでこそ新島はサーフィンが盛んで全国からサーファーが押し寄せていますが、当時はそんなハイカラなものはなく瀬をつかすには板子一枚で最高に楽しんだものです。

ながしの風(南西)がそよそよ吹いて強いうねりが打ち寄せてくると、前浜は最高のつかし場でした。

波のくずれ方にも二通りあって、一つをカンスボイ、もう一つをウラボイと呼んだ。カンスボイは小山のように大きく肩の暑い波で巻き込むように崩れます。この波に乗るには小さい頃にはなかなか勇気と度胸がいります。下手につかせば波に巻き込まれ、砂と波で揉みくちゃにされ、上には出られず、息は苦しい、水は飲む、その挙句波打ち際で叩き付けられ丘にほうり上げられるのです。だから、波の高いカンスボイの多いときは年の小さい未熟者は上級者のそれを浜辺で見ているのです。次から次と押し寄せる大きい波をくぐり抜け、沖に出て、見事に大波に乗り豪快につかす技と度胸の良さに感嘆の声が上がり、賞賛の声が掛かります。

この大きなカンスボイにうまく乗り、波のてっぺんからつかし込むときの醍醐味は何とも言えず、経験しなければわからない遊び冥利に尽きる喜びといえるでしょう。

大波をつかしきったときの爽快さと満足感はひときは格別の味わいがあります。それだけに難しく心弾む瀬つかしでした。

したがって、一般にはウラボイが好まれました。

ウラボイは高くせり上がった波がザザーッと巻き込まずに崩れ込みます。普通ならよほど大きな波でなければ体を巻き込まれるようなことは先ずありません。しかし、これとて三メートル、四メートルの高い立ち波になるとなかなか波の力が強く、よほどの体力のある者でないとつかし切れないのです。いわゆるハゲー(泳ぐ力量、しゅん発的泳力)のある者でなければ出来ない芸当なのです。

「今日は波がいいから瀬をつかそうか」

「おお、いこうじゃ」

そんな具合で三人・四人と仲間はすぐにまとまります。

着物をそこらに脱いで風に飛ばされないよう石で押えておきます。そして、まず板子を捜さなければなりません。これは伝馬船の踏板(ふんだて)か機械船のさし板が手頃で、これらの船に駆け上がり使い良いのを外していくのです。無断借用です。ところが瀬をつかしているうちに波にもまれ、この板子を流してしまうことがよくあります。返すには返せない黙って知らないふりをしているのですが、やがてわかってしまい船主や船頭に大目玉を食らうのです。

さて、その板子を小脇に抱えて海に飛び込み沖に向かって泳ぐのですが、このときヨド(波、うねりの強弱の合間)を見ていかないとヒドイ目に遭います。波のうねりには必ず強くつづいているときと静かになるときがあります。この静かになったときを見計らって飛び込み沖に向かわないと、次から次と大きな波を潜ってさけなければなりません。

板を持っていますから水中深く潜るのは容易ではありません。素早く潜って頭のうえをゴーゴー音を立て通り過ぎていく波の後へ浮かび上がり、一息つくとまたもやデカイ波がオッテくる。夢中でまた潜る。泳いでいても水は底から水面まで渦を巻いていますので体は浮いて泳ぎにくく、五回も六回もこれを繰り返すとしまいには潜るタイミングが遅れたりして波に巻き込まれ、板は流されてしまい、体は波に揉みくちゃにされ、果てには波打ち際まで持っていかれ叩き付けられて打ち上げられる仕儀となります。

これをうまく泳ぎきって沖まで出ていくのですが、波の強いときは大変です。だから、この波のヨドを見ることが重要なのです。

これは瀬つかしの場合ばかりではありません。漁師が船を降ろすとき、掲げるとき。泳いで波の強いとき岸に上がるとき、船を岸に着けるときなどあらゆる点で日頃心得ておかなければならない海で生きる人達の要件なのです。

沖で浪間に漂いながら波を待つのも楽しいものです。次々とはるか沖から寄せてくる波を待ち、これぞと思う波をとらえ、波の崩れかかるときに一気に波に乗らなければなりません。このタイミングが大事なのです。このときばかりは多分に機敏性が必要です。波の善し悪しの判断と、大きい波の場合は思い切りも必要であり、時によっては波をやり過ごすこともテクニックの一つなのです。

見上げるような波に乗り、そのまま巻き込まれ板もろともに叩き付けられることは何回もありました。また、滑り降りるときは板を下に突っ込んで海底の砂にそのまま突き当り、イヤというほど腹を打つ場合もあります。腹は痛い。波に揉まれる。上にはいくらもがいても出られない。息は苦しくなる。散々な目に遭いますが、こんなことを繰り返しているうちに、やがて一丁前になっていくのです。

上手になると板に頬づえ付いて得意げにつかしたりします。更に熟練者が板無しの「無手つかし」をやります。つかすタイミングは同じですが、波に乗ってから背を前に丸めるようにしてつかしていきます。

どこの浜にも瀬つかしの達者がいました。今でもこの話が出ますと

「だれだれは、まったくうまかったなあ……」

「まったく彼奴がうまかったなあ……」

といった具合に話がはずむのです。

新島の四方山話と子供の遊びより「1995年(平成7年)8月発行」著者:第16代新島村長・前教育長・前議会議長・前新島観光協会長 山崎直之氏

著者の山崎氏は1932年生まれですから1940年代以前から瀬つかし(波乗り)は当たり前のように行われていたことになります。

経験豊富なサーファーなら当時の人達が、波・海を熟知していることが理解できるはずです。氏は村長就任中に他界されましたが、新島は行政のトップをはじめとする島民みんなが優れたサーファーだったのです。

※HP掲載については著者の奥様からご了承を得ておりますが、無断転記は固くお断りいたします。

新島村役場企画財政課企画調整室
〒100-0402 東京都新島村本村1丁目1番1号
電話:04992-5-0204内線204 FAX:04992-5-1304

お問い合わせ先

新島村2020東京オリンピックサーフィン競技招致委員会事務局
(新島村企画調整室内)
電話:04992-5-0204

お知らせ

ページの先頭へ