診療所便り~Vol.3~

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まずは宇宙に心飛ばそう!                村井 謙治

 ある世代以上には懐かしい迷ゼリフ「モア・ベターよ」で有名だった小森のおばちゃま、映画評論家小森和子さんが九十五歳で亡くなって九年あまり。一流小説家との浮名を繰り返すなど華麗な過去があるなんて、一九七〇年当時、お茶の間で白黒テレビを眺めていた子どもが知る由もありませんが、とにかく外国の俳優さんたちとの交友が紹介され、羨ましかった記憶が鮮明に残っています。

▽「良いところなんてない」

 そんな小森のおばちゃまが土曜の夜八時、番組の冒頭と最後に現れ、ミニ解説する英特撮ドラマ「謎の円盤UFO」は、小学五年生の心をわし掴みにしました。未確認飛行物体UFOの襲来、これに立ち向かう地球防衛秘密組織シャドーの面々、特にストレーカー司令官役のエド・ビショップはブロンドの長身、ガルウイングドアのスーパーカーで登場する姿にはしびれました。「表向きは大手映画会社重役って何なの」、難題が起きると「レポートにして提出したまえ!」などなど、当時の子どもにはまったく理解できない大人の世界も、それはそれで楽しめました。小学生のころはマンガを含め本を読むのが大の苦手。一方で、テレビの前にすぐに座り込み、児童向け番組のみならず、高学年になると、夜も静まったころに第二次世界大戦・欧州戦線でサンダース軍曹らが活躍する戦争ものの「コンバット」、沖縄出身のお手伝いさん役で中山千夏さんが登場するコメディ番組「お荷物小荷物」、激動の幕末を活写した、大佛次郎原作の硬派歴史もの「天皇の世紀」に目を爛々とさせていました。なぜこんなことを書いたかというと、平成二十七年春、新一年生となる七人の就学前健康診断をこのほど担当させてもらったからです。これをきっかけに、これまで避けてきた自分の子どものころを少し振り返ってみても良いかと思ったのです。健診当日はみんなしっかり名乗ってくれ、今の子は五~六歳はしっかりしているなぁ、という正直な感想を抱きました。私の子ども時代は思い出すのも恥ずかしい、褒められたことはほとんどない惨憺たるものでした。運動もダメなら勉強も今一つ、友達づきあいも下手で、ひとりでいるのが好きな風変わりな子だった気がします。自慢できるようなエピソードも皆無。小学生のころは自分の中ではモノトーンな、セピア調の写真の時代と思いこんでいました。

▽内外を歩いて医師に

 三重県の旧門前町の片隅で生まれ、高校卒業までの十八年を過ごしました。テレビとプラモデルづくりに夢中だった五年生くらいのころ、友人と二人、内陸部の自宅から7キロほど離れた大湊海岸まで川の土手道を、自転車にまたがって向かいました。着いた後、海岸線から伊勢湾の茫々たる海を眺め、どんな思いを馳せていたのでしょうか。記憶はかなりぼやけていますが、冒頭の「謎の円盤UFO」といった内外の番組に触発されていた少年は「この世の中にはもっと広い世界があって、そんないろんな場所にいつか出かけてみたい」という淡い気持ちを抱いていた気がします。実は一九七〇年は大阪万博の開催年で、三波春夫が歌っていた「世界の国からこんにちは」のサビのフレーズは今も耳に残っています。私も二度ほど会場見物に連れて行ってもらい、近未来的な雰囲気の会場にある外国館などで、大いに刺激を受けていました。現在は診療所の医師におさまっていますが、医者になる前、薬学系大学院を経て通信社記者となり、内外を訪ねる機会がありました。最後のころは南米へ派遣され専門分野としていましたが、プライベートを含めると旧ソ連・東欧、アフリカやアジア、欧州など、八十カ国ほどを歩いたことになります。さまざまな人たちとの出遭いと、語り尽くせない思い出が残っています。曲折もありましたが、自らの転進を後押し、辛い時に支えてくれた人々の顔や一言がふとした時に脳裏をよぎります。子どものころ、大型テトラポットの並ぶ大湊海岸から大海原と眺め、白黒テレビから流れる映像に目を輝かせていた自分。aikoの代表曲の一つ「ボーイフレンド」の一節に「テトラポットのぼっててっぺん先睨んで宇宙に靴飛ばそう」というくだりがあります。この歌詞を聞いた時、自分が眺めたテトラポットの光景を重ね合わせ、宇宙へまでつなげる発想に感心したものです。

▽ふるさとに思いを

 暮れなずむ空の下、宮塚山に登りました。帯を流したように浮かぶ伊豆半島、古刹の庭石のように配された式根・神津・三宅の緑の島々、さらに御蔵島まで見渡せ、西の水平線に沈む太陽の茜色にひと時、言葉を忘れました。別の夜、数多の星が輝く新島の夜空はしばらく、子どものころの無垢な気持ちに引き戻してくれました。これから新島は強風の吹き荒れる寒い季節を迎え、景色や満天の星を眺められる日は限られるかもしれませんが、自然との触れ合いは続けたいと思っています。新島の子どもたちが今後、どのような世界へ船出していくかは計り知れませんが、都会では味わえない自然のそばで暮らし、島の伝統・文化、そしてかけがえのない家族や友達に囲まれて子ども時代を育ったことを、いつか振り返ってもらえれば、と願ってやみません。

2014.12.1
本村診療所 医師 村井謙治

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