診療所便り~Vol.4~

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『菌』賀新年                           福士剛蔵

あけましておめでとうございます。初秋の新島に赴任してから早2カ月あまり、残す任期もわずかとなりました。私の最後の大仕事はそう!このコラムと島のチビッ子達と趣味の剣道で竹刀を交えるのみとなってしまいました。

今回は『菌』について書かせていただきたいと思います。なぜいきなり細菌なのかと言いますと、最近の子どもは非常にアレルギー体質を持っている子が多く、その原因については医学会でも研究が続けられるなど、注目を浴びている分野だからです。その中の仮説として、昨今は衛生状態が良すぎて、体の免疫細胞がそれまで攻撃対象だった『菌』がいなくなったために行き場を失い、仕方なく自分の体を攻撃対象にしてしまっているのではないかというのがあります。勿論この仮説だけでは説明できないアレルギー反応もあります。衛生状態がよくなったからこそできた病気の予防もたくさんあります。今回はそんな、どんどん消毒されてしまっている『菌』たちについて少し書いてみようと思います。

 

◇剣道の防具の住人

『や〜。め〜んっ!』毎年11月3日に日本武道館で剣道日本一を決める全日本剣道選手権大会があります。日常的には剣道から離れても、この日は胸を躍らせてNHK教育(Eテレ)の中継放送をじっと観ています。剣道の防具は臭(クサ)いというイメージお持ちでしょう。確かに臭いです。実家の猫に近づけたところ『ニャウッ!!』と、一声鳴いて逃げてしまうほどでした。この匂いの原因は、防具に住み着く細菌に原因があることがわかっています。菌の種類も同定(1)され、その菌に対する強酸性電解水も作られています。もう、剣道は臭くない!・・・はずです。

剣道はスポーツではなく武道です。試合中や試合後のガッツポーズなど、対戦相手に無礼とみなされる行為は厳しく罰せられ、取得した一本も取り消されます。必ず対戦相手を思いやり、常に自分は謙虚であることを重んじています。試合で負けた時こそ、自分の悪いところや弱いところを教えてくれた相手に感謝をし、試合終わりの際の礼は、その感謝を込めて礼をするようにと教えられます。匂いの印象ばかり先行してしまう剣道ですが、そんな日本らしい精神が根付いているのです。見直していただけましたでしょうか。

宣伝めいて恐縮ですが、2015年5月には日本で剣道世界選手権が行われます。このコラムではたぶん「剣道=臭い」というイメージしか伝わらない恐れもあり、NHK製作の特集番組『にんげんドキュメント ただ一撃にかける』をぜひ観てみてください(YouTubeやDVDで視聴可)。少しは剣道に興味を持っていただけるかもしれません。

 

◇世界最香峰(2014年秋の『新島くさや試食会inお台場』より)

新島に派遣が決まった時、恥ずかしながら新島がどの辺りなのかさえ知りませんでした。その後調べを進めると有名な『くさや』の発祥地であること、くさやはトビウオで作るよりアオムロの方が美味しいこと、くさや液(魚醤に似た独特の風味のある発酵液)は何百年も受け継がれている御先祖様からの貴重なものであることなどを知りました(2)。くさやの旨味やあの匂いは、くさや菌(学名;コリネバクテリウム・クサヤ)が原因だそうです(3)。くさや菌には強力な殺菌作用もあり、昔はきず薬代わりにも使用していたようです。その効果は証明されており、食中毒の原因菌(大腸菌、腸炎ビブリオ、ブドウ球菌)をくさや液に接触させたところ、これらの菌はすべて死滅したという実験結果があります(4)。この強力な殺菌作用のために、くさやは非常に優れた防腐性のある保存食であると、数多くの食品会社や大学が発表しています。

 

◇ヘリコバクター・ピロリ菌

今ではテレビや新聞・雑誌などによる啓蒙のおかげで、多くの方が胃炎や胃潰瘍、胃癌の原因となる菌ということで幅広く知られるようになりました。胃などに生息する通称ピロリ菌はアジア人に感染が多く、日本人では特に50歳以上の方が多く保菌しています。内視鏡で胃炎や胃潰瘍の診断さえつけば簡単な検査でピロリの有無が判明し、3種類の内服薬で除菌することができます。興味のある方はぜひ、診療所にいらしてください。

この菌は1874年(明治7年)にドイツ人研究者によって発見されました(5)。東京でガス灯が灯って街に輝きが増したこの年に、海外では胃の中の小さな細菌に光を当てていたのです。やがて1983年にオーストラリア人研究者バリー・マーシャル博士が培養に成功し、彼はこの菌と胃炎や胃潰瘍との関係を証明すべく、自ら菌を飲んでピロリ菌を感染させました。そして、見事に胃炎になってその関係性を証明したのです。彼は2005年にオーストラリア人の共同研究者とともにこの功績を称えられ、ノーベル医学生理学賞を贈られました。ただこのピロリ菌、先にも書いたようにアジア人で感染率が高く、欧米人などそれ以外での感染率は非常に低い菌です。ピロリ菌に悩まされてきたアジア人の研究者ではなく、ピロリ菌の感染率も低くマイナーな菌と考えられているオーストラリアの研究者が受賞してしまったというのが残念というか、悔しくてなりません。

と、いうわけで私の趣味(剣道)、新島、私の専門領域(消化器内科)の3つのテーマに関わりのある『菌』について書かせていただいたところで、そろそろお別れの時間です。執筆という大役を果たした私はこれから大好きな日本酒で、惜別の杯を挙げることとします。

平成27年1月1日 本村診療所・医師 福士 剛蔵

 

引用文献

(1)Bull. of Nippon Sport Sci. Univ.,38 (2),111–116,2009

(2)新島村歴史博物館歴史ビデオより

(3)マルハ広報室編 『お魚の常識非常識「なるほどふ~ん」雑学』 p.47 講談社プラスアルファ文庫 2000年

(4)アサマNEWSパートナー アサマ化成株式会社

(5)藤本秀士『戸田新細菌学』(吉田眞一、柳雄介編)改訂33版 pp525-530、南山堂、2007

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